芥川賞を獲得した作家「村田沙耶香」の小説を読んだとき、「なんだか凄いぞ!」と素直に感じたことを覚えています。
しかしその理由がわからない……、読んだという友人に聞いてみても、同じく「なんだか凄い」という答えが返ってくるだけでした。
「凄い」その一言で完結する感じがする一方、それだけでは言い足りないようなもどかしさ。
今回はそんな村田沙耶香の小説について、何が凄いのかを色々考えてみたいと思います。
おすすめの小説も5選にしぼってご紹介しますので、その凄さをぜひ自分の感覚で体験してみてください。
村田沙耶香は何が「凄い」のか?
普通の感覚を起点に問題を抽出する
村田沙耶香の作品を読んでいると、一般的でわかりやすい、いわゆる「普通の感覚」というものに対する疑念が物語全体にいきわたっていると感じられます。
そういった普通の感覚を起点として、胸に刺さるような「問題」や「課題」を提供してくれるのが、凄さの理由のひとつなのではないでしょうか。
突飛なアイデアや予測不可能な展開を盛り込むだけでも、それはそれで小説の面白さにつながります。
しかしそこに普通の感覚をブレンドして、より小説内の異常さや複雑さを明確化させることによって魅力を引っ張り出すからこそ、多くの読者のこころをつかむことになるのでしょう。
常に地に足がついている文章だと思ったら、段々と足場がなくなっていくような、そんな緊張感のある瞬間を楽しめるかもしれません。
詩的な文章表現が多用されるのではなく、あくまで心理や感覚を武器にした内容なので、意外と読みやすくて馴染みやすいのもポイント。
狂気を感じさせるようなキャラクターや思考を書いた作品も多いため、村田沙耶香作品の読書をきっかけに「普通」ということについて考え直してみるのも面白いですよ。
彼女の書くその異端な感覚、一般的ではない要素は、世間の普遍性を再認識させてくれるため、読者の普通の感覚を揺さぶるテクニックとなっています。
気づいたときにはガッチリと小説の型にはめ込まれてしまうような、そういったある種の心地よさが、作家としての凄さにつながっているのかもしれませんね。
整備された導入口
小説の世界にのめり込むには、何かしらのきっかけが必要です。
そしてそのきっかけに至るには、どうしても「導入」というものが不可欠となるでしょう。
「雪国」や「吾輩は猫である」のように冒頭できっかけが完了する本も稀にありますが、基本的には夢中になってもらうための導線が求められるのです。
村田沙耶香はそういったきっかけへの導入が特に丁寧で、とても時間をかけて整備されているような印象が感じられます。
何に注目すべきで、何を考えるべきなのか、そういったことが自然と頭に浸透してくるので、スラスラと読み進めることができるでしょう。
クレイジーな設定を利用することで有名な作者ですが、その感性をしっかりと読者に伝えるための下地は整っています。
だからこそ村田沙耶香の小説は、不思議なほど面白いと思えるのかもしれませんね。
導入のギミックとして使われている対象も比較的ライトなものが多く、各々がイメージをしやすいのがポイント。
例えばコンビニ人間でいえば「コンビニ」が、消滅世界でなら「キャラクター」が導入に当てられているので、自分の経験のなかから具体的なものを見つけ出すことができます。
そういった入りこみやすさを前提に物語が書かれているからこそ、導入からきっかけへ、そしてラストまで読者を導いてくれるのでしょう。
テーマのためなら1から世界を創り出せる
多くの小説がそうであるように、書いている物語には何かしらのテーマが内包されています。
そのテーマを表現するためには色々な舞台が設定されるものですが、村田沙耶香は1からこの舞台を設計し、創りだすことができる作家のひとりだといえるでしょう。
日常のパターンのなかに事件を起こしたり、何か特別なものを放りこんだりするだけではなく、下地として新しい世界観を提供できるのが凄いところ。
「この小説のなかでの常識」や「そこでは広く馴染んでいる倫理観」といったものを楽しめるので、他に類をみないような物語を体感できるのです。
ガチガチのSFやファンタジーと違って、あくまで生活の一部を差し替えているところがポイントでもあります。
決して荒唐無稽なものではなく、現実の形に寄り添っているため、リアルな感覚が楽しめるでしょう。
ときには私たちの常識が試されるような、揺さぶられるようなこともあり、深読みしながら色々なことを考えることができます。
まるで普通の生活にひとつの歯車を組み込んで、まったく違う動きをさせている。
そんな神様的な視点と展開が、村田沙耶香の凄さの根源となっているのではないでしょうか。
どんな世界観であっても「普通の感覚」はどこかにしっかりと残っていて、非現実な小説が苦手な人でも安心して楽しめる作家となります。
当たり前のように展開していく村田沙耶香の非現実を、ぜひ1度は体験してみてください。
村田沙耶香のおすすめ小説5選!
マウス
私個人の感想をいうならば、この「マウス」こそが現段階で村田沙耶香を1番よく体感できる小説だと思います。
学校という共有される空間ではびこるルールや感情、それが少女の視点によって確認されていく様子は、どこか既視感があるのに何故だか凄く緊張感に満たされています。
それはおそらく、純粋な形で確立された2人の登場人物が、あまりにも魅力的に書かれているからでしょう。
周囲の空気を察することに集中する律が、協調性のカケラもない瀬里奈を特殊な手段によって変えていくこのお話には、ありきたりな青春物語にはない切迫さが感じられます。
主人公である律の行動と、それに引っ張られる形で開花していく瀬里奈の人格、どちらも同じカテゴリーにいるようで、結局は個性と時間によって隔てられていく。
そんな現実的な雰囲気をイメージを想起させるような展開は、こころのどこかに響くのではないでしょうか。
自分らしくいることについて考える片隅で、彼女たちの行動や感じ方が、自分自身とどうリンクするのかを確かめるのも面白いです。
この小説は全体を通して個人の変化を書いているように思うのですが、それと同時に普遍性を描いているようにも見えるので、人によって読み方や感じ方は変わってくるかもしれません。
しかしそこがこの小説の本質であり、読み取って学ぶべきポイントになると感じられるので、ぜひ色々な角度から考察してみてください。
- 作者: 村田沙耶香
- 出版社/メーカー: 講談社
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コンビニ人間
もはやおすすめする必要があるのかと悩むほどに有名となった「コンビニ人間」にも、村田沙耶香らしさがつまっています。
「普通」という安直で安全な言葉への挑戦、個人に対する生き方の強要と寛容、色々な要素が身近な世界を舞台にして共鳴する小説です。
コンビニを中心に生活してきた恵子が店員という存在意義のなかで、周囲との軋轢や新しい関係にさらされていく姿は、それそのものをひとつの課題や問題として見ることができます。
単純に読みやすいところも魅力となっていて、一気に読了することも可能でしょう。
ただフラットに読んでしまうと、ちょっと内容が平凡に感じられてしまう可能性もあるので、常に物語のなかで動いているものを注視することも必要です。
この本を読むときのコツは、コンビニをただのお店と捉えるのではなく、「自分にとって何がコンビニエンスなのか」ということについてじっくりと考えてみることにあると思います。
この小説においてコンビニエンスストアに集約されているものが、自分の人生において何に当たるのか、それがわかればコンビニ人間はより面白い物語に変わっていくでしょう。
書かれているものを常に頭のなかで置き換えながら、自分の人生との親和性を高めながら読んでみることがおすすめです。
- 作者: 村田沙耶香
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
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殺人出産
「殺人出産」という物騒なタイトルは1度聞いたら忘れられないだけでなく、読書による新しい衝撃を体験させてくれます。
「殺人」と「出産」、まったく逆に位置する言葉を並べたことで生まれるインパクトに劣らないだけの内容が、しっかりと読後まで続いていくのが凄いところ。
10人産めたら1人殺してもいい。そんなシステムが当然のものとなっている世界での倫理観や感情は、恐ろしいくらいに切迫していて鋭利な切れ味が感じられます。
直接的過ぎる設定やシステム上の名称はややチープにも感じられますが、もしこれが現実になったらどんなことが起こるだろうという細部の描写は非常にリアルなので、テーマに含まれた問題や疑問は十分に想像可能です。
ひとつのシステムによって私たちの生活や生き方、その他さまざまな概念がどのように引っ張られていくのか、そんなところを考えながら読むとより面白くなるのではないでしょうか。
こちらの本は表題作以外にも、「トリプル」「清潔な結婚」「余命」といった3作品を含んでいる短編小説集となっています。
いずれも生(性)や死についての小説となっていて、非現実なシステムや設定が採用されているのが特徴です。
理解できるかできないかは完全に個人の主観に任されますが、その発想と着想はぜひ読んでおきたいものだといえますね。
- 作者: 村田沙耶香
- 出版社/メーカー: 講談社
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授乳
デビュー作である「授乳」は傑作であると同時に、村田沙耶香の不思議な凄さを定型化した代表的な小説なのではないでしょうか。
短編3作によって紡がれているこの小説には、共感や共有といった感想を撥ね付けるような強さがあります。
グロテスクで奇抜で、明らかに普通ではない女性たちの物語、なのにちょっと油断すると引っ張りこまれてしまいそうになるのは何故なのでしょう。
あまりにもディープな部分からサルベージされた塊は刺激的に過ぎるので、それゆえに本気の村田沙耶香の奥深さを楽しめると思います。
私は読んでいて何となく生存本能という言葉が思い浮かび、すべてが必至に生きる上で発現してしまった彼女たちの異常性なのではないかと感じました。
普通に生きているつもりでも、どこかで一皮むけてしまえば、誰もがこの小説で書かれているような生存本能に飲み込まれてしまうのかもしれませんね。
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しろいろの街の、その骨の体温の
まずはとにかくタイトルが好き。それでいて内容も抜群に村田沙耶香、そんな小説「 しろいろの街の、その骨の体温の」はもちろんおすすめしておきたい小説です。
青春の過程で成長していく少女結佳が、自分の価値観や普通性と対決していくというべきか、それとも逆に迎合していくというべきか、とにかく周囲の色々とぶつかってギシギシ嫌な音をたてながら進行していく本。
スクールカースト、学生ならではの性、ニュータウン、たくさんのキーワードがこの物語を彩りますが、それらが決して綺麗な結末を目指すためのものではないことがわかります。
リアリティがあるからこその気持ち悪さ、しかしどこかで自分の人生のすぐ隣を横切っていったことがあるような感覚が、何かを私たちのなかから引っ張り出してくれるのではないでしょうか。
清々しく読める本ではありませんが、だからこその価値がしっかりと根付いているので、こころの整理をしてから読んでみるのをおすすめします。
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村田沙耶香はエッセイもおすすめ
村田沙耶香という作家の内部を垣間見れるエッセイを読むことも、上記のような作品たちに近づくきっかけになるのでおすすめです。
「となりの脳世界」や「きれいなシワの作り方」などには、読み応えのある文章がいっぱいあります。
意外なほど普通な感覚での生活がありながら、ユニークで面白味のある思考がひょいと顔をのぞかせてくれるので、気軽に楽しみながらスイスイと読み進めることができるでしょう。
エッセイに書かれている内容がどういった加工を経て小説になっていくのか、想像しながら読んでみるのも面白いかもしれません。
いい感じに柔らかくて脱力感があるので、村田沙耶香にハマったのなら小説以外もぜひチェックしてみましょう。
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いっしょにおすすめしたい小説家
朝井リョウ
「何者」や「桐嶋、部活やめるってよ」で知られる有名作家朝井リョウは、村田沙耶香を面白いと思えた人にもおすすめです。
現代色に染め直した純文学というか、ライトなのに重みのある雰囲気は、読書による学びを楽しませてくれるでしょう。
読みやすさも魅力的なので、これから読書の幅を広げていきたい人にピッタリの作家です。
不思議な陰影のあるその物語を、是非堪能してみてください。
辻村深月
青春小説マイスターである辻村深月も、村田沙耶香を気に入った人に相性の良い作家になると思います。
深い水底から浮かび上がってくるような感情や物語の展開は、じっと目を離せないほどの魅力となるでしょう。
作品数が豊富でかつ一貫した力強さがあるので、ぜひ読み進めてみることをおすすめします。
例えば「ぼくのメジャースプーン」や「スロウハイツの神様」などから、その世界に触れてみてはいかがでしょうか。
綿矢りさ
綿矢りさの小説にも、村田沙耶香との共通点が多いように感じられます。
直接的な攻撃性やグロテスクさは少ないにしろ、そこに内包されている感情の渦巻き具合は、村田沙耶香作品に似た味わいを読者に与えてくれるでしょう。
さらっと書かれているように見えて非常に奥深い文章は魅力的で、筆ではなく彫刻刀で彫った痕跡のような小説がたくさんあります。
「蹴りたい背中」や「インストール」などの定番から、まずはチェックしてみてください。
まとめ
村田沙耶香の凄さを、言葉で伝えるのは本当に難しい。
結局のところ「まずは読んでみて」というのが、1番なのかもしれません。
巷では哲学の実存主義と結びつけて読み進める考えもあるようで、私も今後色々な角度から読み直すことを試してみたいと思います。
深くまで考えることを促してくれる村田沙耶香のような作家は、本当に読書の面白さを再認識させてくれるので、多くの人におすすめしたいですね。