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純文学の読みはじめにおすすめの作品5選!挫折しないための読み方も!

あなたは「純文学」と聞くと、どのようなイメージを思い起こすでしょうか。

日本小説のなかで長い歴史を持つこの純文学という分野ですが、正直「難しそう」とか「読むのが大変」といったマイナスなイメージを持たれることも多いかと思います。

たしかに芸術性を重視した純文学は、一般層に向けられた大衆小説と比べても明らかに読みにくいと感じることは多々あるでしょう。

でもそれはあくまで純文学というスタイルに慣れていないだけで、読み進めていけば他の小説と変わらないペースで楽しむことができると私は思っています。

そこでこちらでは純文学を「読みはじめるときに」おすすめできる作品を5選、僭越ながら勝手に選ばせていただきました。

どんな本を読めばいいのか迷っているときは、1つの参考にしてみてください。

そもそも純文学ってなに?

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実は明確な定義はなし

純文学には、これといって明確な定義というものが存在していません。

そのため純文学は、その人の見方によって存在が変わる珍しい文学だといえるでしょう。

とはいえある程度世間的には純文学の振り分けは固定されていて、多くの作品が「純文学作品」としておすすめされています。

一般的には「芸術性の高さ」や「文学らしい内容」が、純文学にふさわしいとされる要素になっているようです。

個人的には、ここにさらに「簡単には読み解けない難解さ」が加わっているように思えます。

要するに「ちょっと難しいけど芸術や文学を感じられる作品」を、便宜上の問題として純文学に分類しているといえるでしょう。

意味があるのかという疑問があるかもしれませんが、「純文学である」ということを意識して読むことは、本の内容を深くまで理解するための最初のステップとなります。

これから読みはじめる人は、ぜひ純文学であるという点をしっかり意識してからページをめくってみてください。

それだけでも、ずいぶんと読み進めるペースが変わってくるはずですよ。

純文学の魅力について

純文学には、そのジャンルでしか表現できない感覚や情景が溢れています。

具体的には何ページもかけてゆっくりとその人の心の変化を描写したり、目に見える景色の様子や人の動きを1つ1つ表現したりすることで、現実の世界を深くまで追及することを特徴としているのです。

川端康成「雪国」の冒頭で電車の窓ガラス越しに女性を見つめる部分や、谷崎潤一郎「刺青」で娘の背中に針をさしていくシーンなどは、純文学でしか味わえない無垢の感動のようなものを与えてくれるでしょう。

今はあまりにたくさんの本が世の中に出回っているため、純文学のようにゆったりと描写したり、派手な事件1つ起こさずにストーリーを進めたりすることは難しくなっています。

しかし純文学という世界でなら、こういった描写は許され、むしろ歓迎されることになるのです。

文字でしか表すことのできない五感の美しさや、心の変化といった日本小説ならではの技術を堪能できることこそ、純文学最大の魅力だといえるでしょう。

海外に純文学はないのか

文体の技巧や美しさが1つの評価点となる純文学において、翻訳を挟む海外文学は分類するのが難しい対象となるでしょう。

翻訳者の言葉選びに左右されてしまう海外文学のことを、純文学としておすすめできない考えも理解できます。

けれど個人的には、海外文学にも純文学としかいえないような作品が多数あると思えるのです。

例えばヘミングウェイの「日はまた昇る」、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」、サンテグジュペリの「夜間飛行」、サマセットモームの「月と六ペンス」などなど。

人間や世界の美しさを書くという点において、海外作家も決して日本作家に劣ることはありません。

しかし定義の難しさがあることと、「読みはじめ」を重視するというコンセプトに合わせて、今回は海外文学はのぞいています。

文化の違いのせいで、作品によっては国内文学より難解なものもたくさんあるのです。

海外の純文学に興味がある人も、まずは以下の作品で純文学に体を慣らしていきましょう。

おすすめの日本純文学5選!

女生徒/太宰治

女生徒 (角川文庫)

読みやすさを重視して選ぶのなら、太宰治の「女生徒」は欠かせない純文学作品となるでしょう。

タイトルの通り1人の女学生の1日を描いたこの作品には、大きな事件やミステリアスな人物などは一切登場しません。

ただひたすらに女生徒が感じる喜怒哀楽や生活のにおいを追っていく作風ですが、これがとにかくおもしろい。

日常の些細なところで感じる戸惑いや恐れ、自己嫌悪などを1つ1つ拾い上げている本作は、現代人が読んでも共感できる名作となっています。

私は女学生ではありませんし、この時代に生きたこともありません。なのに彼女が思っているあらゆることを、そのまま自分自身にフィードバックすることができました。

一種の学びや自己啓発にさえなるような、教養性の高い本であるともいえるでしょう。

「若い女生徒」という限定された視点であるにも関わらず、読者の性別も年齢も選ばないのがすごいところ。

女生徒の年齢に合わせた口調と目線になっているため読みやすく、文章量も短編程度となので純文学デビューとしておすすめの作品です。

過去には自分の視点で自分の感じたことを書く「私小説」が流行し、純文学の基礎を築いたことは広く知られています。

この女生徒はそういった私小説の、1つの完成形であるといえるかもしれません。

純文学を語るのなら、太宰のなかでも女生徒はぜひ読んでおきたい作品となるでしょう。

女生徒 (角川文庫)

女生徒 (角川文庫)

檸檬/梶井基次郎

檸檬 (角川文庫)

梶井基次郎の「檸檬」もまた、純文学の読みはじめにはピッタリの作品となっています。

みすぼらしくて美しいものに心を強く惹かれる主人公が、八百屋で売られている檸檬を手に取るという内容は、現代ではなかなか採用されないストーリーでしょう。

檸檬を基軸に五感を表現する文章によって読者の感覚は目まぐるしく揺さぶられ、「檸檬ってなんなんだ?」という不思議な問いに導かれます。

そんな目の前の日常をいつもとは違う感覚で眺めるおもしろさが、本作の醍醐味となっているのです。

既に多くの人が慣れ親しんでいる檸檬を題材にしているからこそ、些細なことを新たな目で見る斬新さを表現することができているのかもしれませんね。

最終的に主人公は檸檬と自分を離れ離れにさせますが、そのシーンから感じられる謎の爽快感は、純文学だからこそ描くことができた唯一無二の瞬間だといえるでしょう。

難しい表現が使われているわけではないので、純文学に慣れていない人にもおすすめです。

またこの檸檬という作品については、人によってさまざまな捉え方ができると思います。

檸檬によって変わった心理の理由とは、檸檬とはそもそも何かのメタファーなのか、いくらでもそういった議論を続けることができるでしょう。

短編であるため読み返しやすく、何度でも内容について考えることができる作品でもあります。

「繰り返し読む」ということは純文学を理解する重要なプロセスの1つなので、読む練習としても檸檬はおすすめの作品となるのです。

またこの檸檬は、同タイトルの短編集として文庫化されています。

そのため文庫本なら檸檬以外にも、梶井基次郎の書いたさまざまな短編を楽しむことができるのです。

他作品では「桜の樹の下には」「Kの昇天」「愛撫」などが、梶井基次郎の危うい世界を表現しているといえます。

檸檬を読んだ後は、ぜひこれらの作品にも挑戦してみてください。

梶井基次郎の作品はどれもコンパクトにまとまっているため、純文学を読みはじめるにはうってつけの作家だといえますね。

檸檬 (角川文庫)

檸檬 (角川文庫)

砂の女/安部公房

砂の女 (新潮文庫)

映画にもなった戦後の名純文学「砂の女」は、阿部公房の代表作であると同時に、日本近代文学の代表でもあるといえるでしょう。

砂によって埋もれる危険のある場所に住む人々、そこに閉じ込められる主人公、その村で生まれた女との共同生活、これらの要素が綿密に絡み合うことで、いいようのない感情を読者の中に埋め込む名作となっています。

一見非現実な出来事の連続のようですが、そこに描かれるリアリティは本物で、圧倒的な臨場感を感じることができるでしょう。

砂というどこにでもある物質が、どこまでも生活の問題としてついてくる。そして主人公は自由意志をうばわれ、その日常に順応するしかない。

そんな重たい閉塞した日々のなかで、なんとか人間らしさを発見していく過程は、多くの人が心震わすことになるのではないでしょうか。

ストーリー性も十分にある作品となっているため、私小説のようなあっさりしたものではなく、続きを読みたくなるような構成となっています。

少しでも物語を楽しみたいという人にも、おすすめの純文学となるでしょう。

現実の社会に潜む問題や、個人の生き方についての悩みなどが反映されているようにも読めるので、読み方次第でどのような内容にも変貌する可能性があるのもポイントですね。

昭和中期の作品であるため文体が読みやすく、現代の大衆文学に近い感覚で読破することができるでしょう。

国際的にも認められている作品であるため、海外文学への足掛かりとして読んでみるのもおすすめです。

砂の女 (新潮文庫)

砂の女 (新潮文庫)

刺青/谷崎潤一郎

刺青・秘密 (新潮文庫)

先にも少し紹介しましたが、谷崎潤一郎の「刺青(しせい)」は、純文学として高い完成度を誇る作品となっています。

女性の美しさや恐ろしさ、それに抗えない男性の弱さと儚さを書くことに定評がある谷崎作品のなかでも、刺青はわかりやすさと摩訶不思議な刺激を程よくブレンドした名作です。

多少の怖さや理不尽さがあるため気持ちよく読めるとは限りませんが、わずか10数ページに凝縮された美の感覚は一読の価値があります。

純文学作品に重要な「行間を読むおもしろさ」も多分に含まれているため、小説を楽しく読む訓練にも使えるかもしれません。

場面が大きく転換する部分を意識して、その間にどのようなことがあったのか、どのような気持ちの流れが考えられるのか、想像しながら読み進めてみてください。

刺青は性別によって感想が大きく変わる作品だと思われるため、家族や友人と感想をぶつけ合うのもおすすめです。

谷崎作品の入門としてもうってつけの作品なので、刺青をきっかけに「春琴抄」「細雪」「痴人の愛」「陰翳礼讃」などにつなげてみるのもいいでしょう。

刺青・秘密 (新潮文庫)

刺青・秘密 (新潮文庫)

古都/川端康成

古都 (新潮文庫)

純文学の評価基準の1つとして、文体や言葉の美しさがあげられます。

川端康成作品はそんな言葉の美しさにおいては国内最高峰といえ、なかでも「古都」はその描写力と流れるような文体に思わず感動させられることになるかもしれません。

四季の様子や自然の肌触り、そしてそれらに寄り添って開花する主人公千重子の感情や五感が、とにかく美しい。

私は何度かこの本を読み終えていますが、文体や描写ばかりに目がいって、なかなかストーリーを覚えられませんでした。

それくらい目の前の文章がおもしろいので、初心者でもぐいぐい読めると思います。

小説のなかには細かな描写を流し読みできてしまう作品も少なくありませんが、古都はそんな適当な読み方ではもったいない名作です。

古都に挑戦するのならぜひ、1つ1つのの文章を噛みしめるようにゆっくりと読んでみてください。

川端康成の作品にはそういった文体の美しさを楽しめるものが多く、他にも「眠れる美女」「伊豆の踊子」「舞姫」などはその文章のすべてを余すことなく味わえます。

ぱらぱらっと読めてしまう小説では物足りなくなっているのなら、美しさを楽しめる古都のような純文学を手に取ってみてはいかがでしょうか。

古都 (新潮文庫)

古都 (新潮文庫)

純文学を読むときのコツ

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最初は色々な作家を読もう

純文学作家は国内だけでもたくさんいるので、最初は色々な作家を幅広くチェックしてみることをおすすめします。

作家によっては実験的な小説や、締め切りに追われて書いたような作品もあるので、それらに引っかかると読むのが苦痛になってしまう可能性があるのです。

純文学に慣れないうちはなるべく作家の代表的な作品を読んで、純文学らしさを自分なりに解釈することから始めてみるといいでしょう。

人によって好みはさまざまであるため、「この作家は自分に合わないな」と思ったら、さっさと次の作品に進むのもありです。

読みはじめはとにかく広く浅く読み漁って、純文学のパターンを少しでも多く吸収していきましょう。

読み飛ばしは逆に内容を難しくする

一般的な小説やライトノベルであれば、多少の文章を読み飛ばしたところで問題なく内容を理解することはできるでしょう。

しかし純文学は1つの文や言葉で重要なポイントを描写することもめずらしくないので、読み飛ばすとかえって話を難解なものとしてしまいます。

速読や斜め読みに慣れている人も、純文学だけは1つ1つの言葉を大切にしながら読むことをおすすめします。

むしろ意味のなさそうな文章を深読みするのが1つの醍醐味であるため、ぜひ目を皿にして文章にのめり込んでみてください。

すべての文章に集中するのは難しい(というかほぼ無理)なので、純文学は繰り返す読むことが推奨されるのです。

以前に読んだ内容なのに、「あれ?これはもしかしてこういうことなのでは?」という発見があるのは、純文学ならではのものでしょう。

誇張ではなく、本当に気に入った本であれば100回読んでも新しいことが見つかりますよ。本当に。

純文学作家は現代にもたくさんいます

今回ご紹介した本は、すべてそれなりの年季の入った小説ばかりとなっています。

そのため、「純文学=古い文学」というイメージを持たれてしまうかもしれません。

しかし当然ながら現代にも、魅力的な純文学作家はたくさんいます。

例えば「村上春樹」「村上龍」「大江健三郎」「西村賢太」「町田康」「吉本ばなな」「円城塔」「川上未映子」などなど。

その数と質は、決して過去の小説家たちに劣るわけではないのです。

しかし現代の純文学を読む際には「過去の純文学をある程度把握していること」を求められることもあるため、できるなら最初の段階で古典的な作品を読んでおくことがおすすめされます。

古いものと現代のものを違和感なく読めるようになれば、純文学のおもしろさは倍増することになるでしょう。

まとめ

純文学は、近代文学のなかでは目立たない存在になりつつあるかもしれません。

しかしその魅力は健在で、今もまだたくさんの進化と変化を続けているのです。

私も純文学は特に大好きで、今でもたくさんの本を読みながらさまざまな発見を楽しんでいます。

魅力的な本は世の中にたくさんあるので、ぜひこちらで紹介した本をきっかけに、もっと深くまで純文学の読書を楽しんでみてください。



この記事を書いた人

syunkin
ガジェット、書籍、仮想通貨などを専門に執筆しているフリーライターです。
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