「あっ!」と思わせるようなミステリーと人間ドラマ、それらが多方面から読者の感性を刺激するのが「北村薫」先生の小説です。
安心して楽しめる、安定した面白さがある、そんな魅力を備えている作家をお探しなら、ぜひ北村薫作品をチェックしてみましょう。
今回は数ある作品群のなかから、初めて北村薫を読む人におすすめできる小説を10冊選んでみました。
どれを最初の1冊としても大丈夫なので、この機会に今後の読書のラインナップに加えてみてください。
北村薫のおすすめ小説10選!
スキップ
17歳の少女であった一ノ瀬真理子はある朝、目覚めたら42歳の女になっていた。
そんなSF的要素でぐっと読者を引き込んで、「いったいどうなっていくのか?」という期待感でこころを一杯にしてくれるのが、名作小説「スキップ」です。
中身が高校生のまま42歳の人間として生きることを余儀なくされた真理子は、一瞬で変わってしまった周囲の環境に戸惑うことになります。
ここで面白いのは、空白の25年間の記憶がないのは主人公の真理子だけであるという点。
思い出せないだけでその25年間は確実に存在していて、娘や夫との関係や教師という仕事でつながっている人々との交流から、その時間の重みを感じることができます。
突然自分の存在が25年後の世界に跳んでしまったのではなく、25年間という時間の認識を「スキップ」してしまったという構成が、独自のストーリー展開を楽しませてくれるでしょう。
時間を失ってしまったことに絶望する……といった感覚よりも、いかに25年後の世界に馴染み、そこで生きていくのかを模索する人間の強さが主軸となっています。
過去へ戻るために原因を探るようなストーリーではないため、SF要素よりも人間ドラマ的な要素が楽しめる小説だといえるでしょう。
一般的に小説でも映画でも青春の大切さや尊さの方が語られやすいですが、このスキップは大人になってからの時間を重要視するような内容となっているので、どんな年代の人が読んでも面白い作品になると思われます。
ターン
同じ時間のなかから脱出できないもどかしさ、無人の世界で生きる孤独と不可思議さ、そんな未知の感覚を鮮やかに書き出した「ターン」もまた北村薫のおすすめ小説に間違いありません。
自分の身に起こった交通事故のタイミングで毎日決められた時間に戻されてしまう主人公真希は、その閉ざされた時間と他者のいない空間のなかで生活を強いられます。
とはいえ事故が起こった時間までは自由に暮らせるという設定が物語のポイントで、ここに現代に生きる私たちを含めた生活の尊さが描かれているような気がしますね。
もしかしたら繰り返される作中の描写に気だるさを感じるかもしれませんが、その閉塞感こそがまさに、この小説が示す怖さと苦しさの形なのではないでしょうか。
二人称で物語が進行するのも特徴で、何かが間に入って邪魔をするようなもどかしさを感じられます。
この二人称という形式に慣れていないとやや読みづらくなるかもしれませんが、そこにはこの小説に欠かせない「仕掛け」があるので、ぜひ練習のつもりで楽しんでみていただきたいです。
後半の展開も緊張感があるので、ある場所まで進むことができればその後は最後のページをめくらずにはいられなくなるでしょう。
リセット
スキップ、ターンと読んだのなら、やはり「リセット」もまた欠かせない小説となりますね。
戦時中、戦後、そして現代へと続いていく大がかりな場面展開と、そこから発見できる人間の意志と思いの強さが、最終的な感動へとつながっていく名作です。
物語は基本的に淡々と進み、個人の見る視点で情景描写がなされるため、物語にとっかかりを見つけるのがやや難しいかもしれません。
しかしキャラクターとして生きる人々と世界の変容だけでも面白く読めるので、時間をかけてじっくりとその世界の流れを追ってみるのがおすすめです。
特に第一部の少女視点は個人的に魅力で、現代にまでつながる橋をしっかりと架けてくれる章になっていると思います。
第二部、そして第三部と続いていくほどに小説全体の内容が一本の線で結ばれていくような感覚は、このリセットならではのものとなるでしょう。
リセットの意味を知るためにも、とにかく最後まで読んでみていただきたい小説です。
ちなみにスキップ、ターン、リセットは北村薫の「時と人」三部作と呼ばれていますが、特に物語上のつながりはないように思われます。
どの本から手に取っても大丈夫なので、単純に自分が気になるものを選んでみるのがおすすめです。
街の灯
北村薫を語るのであれば、特に外せないのがこの「街の灯」を含む「ベッキーさんシリーズ」です。個人的にはとっても好き。
上流階級のお嬢様である花村英子と、その運転手としてやってきた女性別宮みつ子(通称ベッキー)の2人を中心に謎の解決を目指す本作は、日常ミステリーの決定版といえるでしょう。
そのキャラクターと物語を彩る「謎」の魅力はさることながら、この本の良さは物語の舞台設定に使われている「昭和初期」にあります。
昭和の小ネタやその時代ならではの考え方や感じ方、そしてそこで生きる人々の様子が、小説を大きく盛り上げてくれているのです。
基本的にはお金持ちの主人公が主体となるため華やかさが目立ちますが、昭和にある独特の雰囲気はときとして陰気に、そして暗くさえ映ります。
そういった空気をしっかり描写しつつ、キャラクターたちの言動でかき乱すような本作は、時代を感じる小説としてもおすすめです。
本作ベッキーさんシリーズはその後「玻璃の天」「鷺と雪」へと続き、2人の関係やその時代の文化がより深くまで描写されていきます。
日常ミステリーという括りは昨今珍しくなくなりましたが、昭和の雰囲気と北村薫の書く謎が強く絡まり合う本シリーズは、他の小説とは一線を画すものだといえるでしょう。
覆面作家は二人いる
キャラ重視のライトミステリーが好きならば、「覆面作家は二人いる」の読書は欠かせないでしょう。
家のなかの自分と外の自分を明確に使い分けるお嬢様である新妻千明と、彼女の編集者を務める岡部良介の掛け合いが物語を押し進めてくれるので、気楽に読書という行為を楽しめる名作です。
基本的に北村薫作品は女性の魅力が引き立っているものですが、こういったコミカルでマンガチックな演出でも面白く書けることを、本作を機にぜひ知っておいてほしいですね。
一方で超がつくほどの軽さが作品全体に漂っているので、難解で歯ごたえのある謎を求める人にはちょっと向かないかもしれません。
本作は「覆面作家シリーズ」第一作目にあたり、「覆面作家の愛の歌」と「覆面作家の夢の家」に続いていく内容となっています。
シリーズ構成の小説も北村薫の真骨頂であるので、まずはこの1冊から始めてみるのもありですよ。
冬のオペラ
「名」探偵である巫弓彦が主役のミステリー小説「冬のオペラ」も、おすすめしたい北村薫作品です。
魅力的で行動的なキャラクターたちという北村薫の基本は健在、その一方でかなり本格志向の謎を取り扱う本作は、刺激的な読書を体感させてくれるでしょう。
ホームズとワトソン形式で進行する王道ミステリーでありながら、ただの謎解きで終わらないのが特徴。
有名なセリフである「名探偵とは、意志であり存在である」という哲学は、ミステリー小説全体を大きく内包する課題にさえなる主張だと思います。
探偵という特殊な存在について、さらには名探偵という事実に縛られる現代での生きづらさについて、そんな多角的な視点からも冬のオペラという物語を楽しむこともできるのではないでしょうか。
一応「遠い唇」という短編集にキャラクターたちの再登場がありますが、明確な続編が書かれていないのが本当に惜しいところ。
いずれにせよミステリー小説好きならば、この作品は間違いなくチェックしておきたいですね。
水に眠る
北村薫が愛や人間の本質について語ったらどうなるのか、それがわかるのが名作短編集「水に眠る」です。
そもそも女性を書かせたらものすごく魅力的にできる作者が愛や人間の感覚について本気で取り組めば、これくらいのクオリティは当然のように描けてしまうのでしょうね。
「矢が三つ」「はるか」「くらげ」などは本当に面白くて、サクッと読めるから何度も手に取ってしまいます。
愛や人間について語るには非リアルな設定もときに必要であることを教えられる、教科書的な短編集にもなるのではないでしょうか。
どれもがまったく違った雰囲気を持っているのに、すんなりと読み続けられるのもすごいところ。
作者の圧倒的な文章力も相まって、最後の最後まで読み応えのある小説となってくれるでしょう。
語り女たち
ある男がひたすらに女性たちの「話」を拝聴する、もしくは押し付けられる形式が特徴の短編小説集「語り女たち」もおすすめしておきたいです。
幻想的というか、妄想の域を出ない話の数々は、文学的なにおいのする不思議をいくつも読者に投げかけてくれます。
ときには温かみがあり、そしてときにはホラーチックに、さまざまなふり幅のなかで語られる短い物語はそっとこころをふるわせてくれるでしょう。
あくまで個人の視点で進行するため、話が消化不良で終わることもあり、それがまた小説全体を不思議な感覚で包んでくれます。
「解釈の仕方は人それぞれ」という言葉がありますが、この本ほどそれが当てはまる内容はないかもしれません。
人によってまったく感じ方や読み取り方が変わるであろう17編の物語は、深みのある読書を楽しませてくれるでしょう。
物語を語る女性の感性や口調が印象深く、そのリアルさが不思議な世界に説得力を与えてくれているように思います。
挿絵が入るのもまた魅力で、本の雰囲気をより強く引き立ててくれるでしょう。
月の砂漠をさばさばと
9歳の少女と母親の日常が温かな文章によって紡がれる名作、「月の砂漠をさばさばと」もおすすめ。
本当に上記で紹介してきた本の作者が書いているのかと訝るほどにまったく色味のちがった本作は、ぜひ北村薫にハマった人にこそ読んでいただきたい。
柔らかで平和な空気と、どんな悪意でも入り込む余地がないようなとてつもない「善性」によって守られている物語となっているので、安心して読み進めることができるでしょう。
ほのぼのとした会話が連なっていくと、親子の関係性やあるべき形のようなものが見えてきて、なんだか切なくもなってくる。(共感できる人、いませんか?)
文学と児童書の中間地点を見事に射抜いた傑作小説だと思うので、何となく心理的に疲れているときに読むのもおすすめです。
読まずにはいられない
これだけ多彩な文章を書ける北村薫先生のエッセイはどれだけ面白いのだろうか。という期待を持って読んだ「読まずにはいられない」ですが、予想通りに楽しい本でした。
作者のすさまじい読書量とそれを昇華するエネルギーが垣間見れるので、それに触発されてもっともっとたくさんの本を読みたいと思わせてくれる本となっています。
北村薫先生を知るのにピッタリの本でもあるため、その好奇心の強さと博識さに驚きつつ、所々に見られる優しさや真面目さに親密感を得られるかもしれません。
作者の感覚に少しでもお近づきになれたらと思えるので、これからもときどき読み返していきたい本になっています。
タイトル通り読者を「読まずにはいられない」という気持ちにかきたてる本となってくれるため、読書に挫折しそうになるときのカンフルとして役立つでしょう。
北村薫を楽しむために
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さあキャラクターに飲み込まれよう!
北村薫作品の特徴といえば、魅力的な造形と行動で描写されるキャラクターのパワーとなっています。
それは読者の興味をそこだけに向けてしまうほどの勢いがあるため、気づいたときには物語にすんなりと浸っている自分を発見することができるでしょう。
キャラクターの心理やリアルさを明確に映し出すための文章がきっちりと備わっていることから、違和感なく登場人物たちの存在を受け入れることができます。
丁寧な言葉が人間と物語を広げていく感覚は、北村薫作品ならではのものといえるかもしれませんね。
とにかくキャラクターたちに身を任せて、思想や会話に飲み込まれることが、これらの小説を楽しむ第一歩となることでしょう。
深く考えなくても文章は自然と読者を引っ張っていってくれるので、普段小説をあまり読まない人でも気軽に楽しめると思いますよ。
物語の「間取り」を楽しもう
これはあくまで私の印象ですが、北村薫作品はかなり整理整頓された内容が特徴で、「物語の間取り」がきちんと決められている小説だなあと感じるのです。
要するに突拍子のない展開や納得のいかない理由で驚かされるようなことはなく、安心して本のなかに集中できる環境が、「北村薫作品」だといえるのではないでしょうか。
玄関から入ってリビングを覗くと、そこにはおもてなしの文章が既に用意されていて、読者がリラックスして楽しめるように配慮されています。
ミステリーであればそこには「謎」があり、短編小説であれば「物語の核」がある、読者はそこで小説が持つ魅力と可能性に気づいて、じっくりと室内を見て回りたくなるように仕向けられているのです。
ときには窓を開けて外の景色を見たり、別室に移動して空気を換えたりといった「場面展開」も物語のなかでは行われるため、小説の内面を飽きずにじっくりと満喫できます。
そして最後にはまたリビングにもどって物語の主題を確認し、用意されている玄関から現実に帰っていく。
そんな整っている体制が小説という存在をよりわかりやすくかつ面白くしてくれるので、意識して全体の構成をチェックしてみるのもおすすめです。
まとめ
「なにか面白い小説ない?ジャンルはなんでもいい」というなかなかに困難な要求を受けることも多いですが、北村薫作品はそういった際におすすめする第一候補となっています。
それくらい安定している内容ばかりなので、とにかく読書に飢えているときはこちらで紹介した小説たちをぜひ確認してみてください。
近年は米澤穂信など多くの日常ミステリー作家が活躍しているため、謎解きの楽しさを本から得ることは決して難しくありません。
そんななかでも北村薫は魅力的な要素を多分に含んだミステリー小説家となっているので、きっと知れば知るほど読まずにはいられなくなるでしょう。