SF作家として魅力的な人物を挙げろと言われたら、「ハーラン・エリスン」の名前は間違いなくピックアップしておきたいです。
その特殊な人柄と熱意に裏付けされる名作の数々は、多くの人の読書時間を充実させてくれることでしょう。
ハーラン・エリスンの翻訳本は冊数でいえばそれほど多くありませんが、そこに詰め込まれている作品はどれもが名作ばかりです。
今回はそんなハーラン・エリスンのおすすめ小説を3冊紹介し、そのなかから読んでもらいたい話をチェックしていきます。
SFに興味がある人も、そしてまったくない人も、これを機にハーラン・エリスンからSFの可能性を探ってみてはいかがでしょうか。
今だから読みたいハーラン・エリスン
ハーラン・エリスンとは
1934年にオハイオ州に生まれたハーラン・エリスンは、1949年には既に短編小説「The Gloconda」と「The Sword of Parmagon」を発表し、早くから物書きとしての可能性を見せつけていました。(ただこの2冊はSFではなく、ファンタジーと秘境探検小説だったようです)
その後オハイオ州立大学に入学しますが素行不良で中退し、1955年からニューヨークで本格的な執筆活動に入ります。
とはいえ最初の頃は売れず、多くの仕事をしながら貧困生活をしていたそうです。アメリカのSF作家であるジェイムズ・ブリッシュからは「SF史始まって以来の駄作」との批評を受けたことも。
しかし少しずつ高い評価を得はじめたハーラン・エリスンは1966年、「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった」でヒューゴー賞短編小説部門とネビュラ賞短編小説部門をダブル受賞。
1968年には「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」、1969年には「世界の中心で愛を叫んだけもの」がそれぞれヒューゴー賞短編部門を受賞し、同年に全編書き下ろしによって完成させたアンソロジー「危険なビジョン」でヒューゴー賞特別賞も取っています。
これらの受賞が決定的なものとなり、ハーラー・エリスンの名はSF小説業界で伝説的なものとなるのです。
その後もローカス賞やエドガー賞を多くの作品が受賞し、ここに書ききれないほどの実績を残しています。
SF小説という歴史を語るうえで、ハーラン・エリスンは絶対に外せない作家となっているのです。
そんなSF作家として大きな功績を残したハーラン・エリスンですが、2018年に84歳で亡くなられました。
しかしその小説は時代の流れに押し出されることなく生き続け、今でも斬新でインパクトに満ちた内容は多くの人におすすめできます。
むしろSF小説というジャンルが若干の飽和状態に陥っている(主観ですが)今だからこそ、破壊的なパワーを持つハーラン・エリスンは歓迎されるのではないでしょうか。
ユニークな人物像
小説がそうであるように、作者であるハーラン・エリスンもまた、かなりユニークで劇的な人物だったと言われています。
脳内麻薬を自由に出せたとか、会話が最高にキレていてたくさんの人を虜にしたとか、「二度と顔を出すな!」と言われて陸軍を除隊したとか、その逸話は枚挙にいとまがありません。
なかでもあの「アイザック・アシモフ」に初めて会ったSF大会の会場で、「なってねえなあ!」と暴言を吐いたのは有名な話でしょう。
しかしそういったアクティブで攻撃的な行動は段々と小説世界に向けられるようになり、結果的にたくさんの作品数を書きあげることになりました。
ハーラン・エリスンが執筆した小説は生涯で1000冊を有に超え、その多くがこれからのSF史にも名前を残すであろう名作ばかりです。
これほどの小説を書き切ったエネルギーは、作者本人の特性と性格から生まれたものなのかもしれませんね。
脚本家としての顔
ハーラン・エリスンは偉大な小説家であると同時に、脚本家としても活躍した経歴を持ちます。
「宇宙大作戦(スター・トレック)」「アウターリミッツ」「ヒッチコック劇場」といった有名所を担当していて、そちらでもその才能をいかんなく発揮していたようです。
宇宙大作戦のエピソード「危険な過去への旅」はヒューゴー賞映像部門も受賞していて、その名前がしっかりと残されています。
小説家として大成していますが、もしかしたら脚本家という道でも、ハーラン・エリスンはさらにすさまじい功績をあげられたかもしれません。
ハーラン・エリスンのおすすめ小説3選!
世界の中心で愛を叫んだけもの
ハーラン・エリスンを知るのなら、まずは「世界の中心で愛を叫んだけもの」を読むことがおすすめされます。
作者の持つ暴力的なエネルギーに手加減のないインパクト、そしてギラギラとした切れ味を持った文章が凝縮されているので、「ハーラン・エリスンがどういう小説家なのか」はすぐに理解できるでしょう。
オブラートに包んで言えば「パワフル」に、そうでなければ「クレイジー」に進んでいく物語は、何度か頭のなかで整理整頓しなければ追いつかないほど。
読むのにちょっとしたコツがいる作品が多いですが、それでも読むうちに慣れてくるはずなので、まずはその世界と文章に身を任せてみましょう。
今読めばかなりシンプルで懐かしいようなSF設定が見られるので、古典としても楽しめますね。
小難しくて複雑な技術を楽しむというよりも、単純にその場の勢いで進んでいくような展開が基本。
そのためSFを読みなれていない人でも、読めさえすれば実はすんなりと入りこめる本ではないかと思うのです。
本タイトルはアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」のタイトルで使われたことでも有名なので、そのあたりから名前だけは知っているという人も多いかもしれません。
その知名度に恥じない高クオリティの短編集となっているため、少しでも興味があるなら手に取ってみてください。
収録されている作品は全15作品と豊富で、バラエティに富んだラインナップが特徴です。
特に表題作の「世界の中心で愛を叫んだけもの」、その他「星ぼしへの脱出」「101号線の決闘」「サンタ・クロース対スパイダー」「少年と犬」などは、今でも色褪せない傑作としておすすめできます。
合わないと思ったらすぐ次の短編に移行して大丈夫なので、自分にとっての最高の小説を探し出してみてください。
死の鳥
ハーラン・エリスンの初期作品を中心にまとめた短編集「死の鳥」も、「世界の中心で愛を叫んだけもの」の次に読んでほしい作品となっています。
より粗削りで無分別な内容は、それゆえに読みづらさや理解しづらさを形作っていますが、その展開は本当に自由です。
わけがわからないうちに圧倒され、その世界に飲み込まれてしまうような魅力が、本書を引き立ててくれています。
あらゆる「可能性の素」をつめこんだような本書からは、自分にとって何回でも読める作品を見つけられるでしょう。
SFはもちろん、ファンタジーっぽい作品もハーラン・エリスン色に染め上げられているため、唯一無二の色合いがここにはあります。
最初の頃からこれほどの暴力性と怒声を含んだ本を書けていたという点は、さすがハーラン・エリスンといったところでしょうか。
さらに翻訳がかっこいいのも「死の鳥」の魅力で、本当の意味なんてわからなくてもその文章だけで作品を面白く読めると思います。
むしろかっこいい文章を見つけて切り取っていく作業の方に、熱が入ることもあるかもしれません。(私はたまにそうやって、かっこいい文章をノートに書いたりしています)
特におすすめなのが作者の名を有名にした「「悔い改めよ、ハーレクィン! 」とチクタクマンはいった」「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」「死の鳥」「ソフト・モンキー」などです。
しかしどれもが一度の読書で読み切れるほどの浅瀬に位置した作品ではないため、気に入ったものはとにかく繰り返し読むことがおすすめされます。
ヒトラーの描いた薔薇
もはやSFというジャンルの括りさえ破壊してしまったような「ヒトラーの描いた薔薇」からは、ハーラン・エリスンの書きたかったものを読み取るヒントを得られるかもしれません。
「きっとこうだろう」「本来はそうあるべきだ」そんな予定調和を憎み、理由が見いだせない理不尽な出来事に対して怒り、とにかく何もかもを許さない。
そんな底の見えないエネルギッシュさが描かれているので、一番ハーラン・エリスンに心酔できる本になると思います。
社会問題にも真っ向からかみつく姿はもはや勇姿に錯覚するほどで、想像以上にかっこいい本に仕上がっているのが「ヒトラーの描いた薔薇」です。
特に有名な賞を受賞した作品は収録されていないので、「死の鳥」と比べると一見B級ベストのような印象を受けるかもしれません。
しかし賞を取れなかったのではなく、取るために書かれた小説ではないことが、読めばきっとわかるでしょう。
ただでさえ歯止めの利かないクレイジーさで筆を進める作者が、アクセル全開で突っ走った本短編集は、一読の価値ありといえます。
個人的な意見でいえば「ヒトラーの描いた薔薇」「血を流す石像」「バジリスク」「ヴァージル・オッダムとともに東極に立つ」あたりが、おすすめしたい作品になりますね。
13編の小説はどれもが特殊な雰囲気と破壊力を持っているので、まずはサラッと作品ごとの空気感を味わい、自分の感覚に馴染むものを選別してみてください。
ハーラン・エリスンの魅力とは
暴力的に装飾された文章は貴重
ハーラン・エリスンの小説には、暴力的で破壊的な描写が数多く見られます。
暴言や暴力、精神的な苦痛や間違った快楽、そういったあらゆる違法性によって、物語が装飾されているのです。
実はこういった形の小説はかなり珍しく、希少性の高い作品だといえます。
そのためハーラン・エリスンの小説を読まなければ体感できない、貴重な感覚というものがあるのです。
フィクションだから完成させられる暴力という芸術を、この機会にぜひ読んでみることをおすすめします。
ハーラン・エリスンの書く小説はたしかにバイオレンスですが、それ以上に文学的な美しさに彩られているのも特徴。
日本語訳でもかなり独創的な文章になっているため、実際に読んでみるとその詩的な雰囲気の方が先立つこともあります。
ただ無意味な暴力を書く小説とは全然ちがうので、本来はきつめの表現が苦手な人でも安心して読めるのではないでしょうか。
SFというジャンルを改めて読むきっかけに
ハーラン・エリスンはその特徴的な文体を活かすために、さまざまな舞台装置を利用しています。
そのため彼の作品群を読むと、SF作品の懐の深さを感じることができるでしょう。
SFならこんな設定やキャラクターも許されるんだ……という衝撃は、SFを改めて読むきっかけになると思います。
またハーラン・エリスンは突飛でぶっ飛んだアイデアだけでなく、今となっては古臭さを感じるような安定した世界観を小説に採用することも多いです。
しかしそこで表現されているのはハーラン・エリスンだからできる唯一無二のものとなっているので、読むと頭のなかでSFの可能性が広がるのではないでしょうか。
もう飽きるほどSF小説やファンタジー小説を読んだという人こそ、ハーラン・エリスンは要チェックとなりますね。
新規翻訳に期待
2019年現在、ハーラン・エリスンの小説は日本で3冊しか販売されていません。(1980年代には「危険なヴィジョン」というアンソロジーがありましたが、絶版のうえ全3巻中1巻のみの販売でした)
そのため今後は、ハーラン・エリスンの新しい翻訳本の発売にも期待したいですね。
「死の鳥」が2016年、「ヒトラーの描いた薔薇」が2017年出版なので、未翻訳の小説が多いのならこの流れでまったく新しい短編集が出る可能性はあります。
もしくは1973年発売の「世界の中心で愛を叫んだけもの」を、あらためて翻訳し直すこともあるかもしれません。
光文社古典新訳文庫が示すように、同じ作品でも翻訳者が変わると雰囲気は一変するので、ファンとしては別の文章でもハーラン・エリスンを読んでみたいですね。
ハーラン・エリスンが気に入った人におすすめしたい小説家
アルフレッド・ベスター
ワイドスクリーン・バロックの代表的な作家として知られる「アルフレッド・ベスター」の小説は、ハーラン・エリスンを気に入った人と波長が合うのではないでしょうか。
空間的にも時間的にも広大なフィールドが用いられる物語を、体当たりで突っ切るような力強さがアルフレッド・ベスターの魅力です。
「虎よ、虎よ」「破壊された男」「イヴのいないアダム」など翻訳作品数はそれほど多くないので、この機会に全部読み切ってしまうこともおすすめできます。
村上龍
個人的にハーラン・エリスンの空気に近しいものを書いているのは、「村上龍」だと思います。
遠慮のないバイオレンスとグロテスクさを書く作者のエネルギーからは、疲れるほどの面白さを感じられるでしょう。
「限りなく透明に近いブルー」「コインロッカー・ベイビーズ」「歌うクジラ」といった小説が特におすすめなので、ぜひ一度手に取ってみてほしいですね。
まとめ
ハーラン・エリスンの小説は、万人受けするものではないという認識が自分のなかにありました。
しかしこうして改めて読み直し、その魅力を実感するにつれて、誰にだってこの面白さは伝わるのではないかと思うようになっています。
この機会に一冊を選んで、とにもかくにもハーラン・エリスン独特の世界を体験してみてほしいです。
頭から順に読む必要はまったくないので、気になるタイトルから、適当に開いたページから、ハーラン・エリスンの一文に触れてみてください。